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恩師とのお別れ

人生において、誰しも一人二人の恩人がいらっしゃるのではないでしょうか。

先日、私にとって大恩人である滋賀県大津市の大本山石山寺座主 鷲尾遍隆大僧正が遷化されました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/f6869462ed45284396b5cd72ce1d46c85b4c87d9

おそらく、この鷲尾座主と出会わなければ、今ごろ私は、二尊院の住職はもとより、お坊さんもやってなかったかもしれない。それだけ、私の人生を変えたというより、救ってくれた方の一人。

数年前に癌を患い、手術ののち自宅で療養されておられましたが、検査入院の際に容体が急変し逝去されてしまったのこと。急な知らせに、実感がわきませんでした。密葬とのことでしたが、一目お会いしてお別れがしたいと、滋賀まで飛んでいきました。とても穏やかなお顔でした。とても悲しかったですが、行って良かった。

 

高校卒業後、京都の仁和寺で修行を終え、同じ京都にある種智院大学に通っていた20歳のころ、家庭の事情により学費を支払うことが困難となり、通学をあきらめようとしていた時、鷲尾座主から助け舟を出していただき、石山寺で働きながら収入を得てこれまで通り大学に通えるようになりました。当然授業があるので、毎日フルタイムで出勤はできませんが、半日でも構わないから出ておいでと言って下さいました。

当時の私は、私立大学の半期ずつの学費を稼ぎながら、日々の生活費とアパートの家賃も必要だったので、それなりの収入が必要でした。一日でも多く出勤できるように、大学の講義は重要なゼミを基点に午前・午後とどちらかに振り分けて講義を履修して、半日出勤の時間を確保することにしました。

そんな事情にご配慮くださり鷲尾座主は、半日出勤でも一日分の手当てを支給して下さっていました。最初は計算間違いかと思い、報告に行くと「それはそれでええねん。がんばりや。ちゃんと4年で卒業するんやで。」と。

そんな、有り難いご厚情を受けて私は無事4年で種智院大学を卒業し、石山寺を退職しますが、その後も5年間滋賀で鷲尾座主に紹介いただいたお寺で勤めていたので、折につけて大きな法要や記念行事にお声掛けをいただき、普段経験できないことをたくさん勉強させていただきました。

何をもって、恩返しをすべきか。

きっと私が二尊院で世のため人のために、仏教者として成果を出しながら奔走することで、微笑みながら「あんた、がんばってるなぁ。」って喜んでもらえるかな。

 

「懸情流水 受恩刻石(情を懸けしは、水に流し、恩を受けしは、石に刻むべし)」

私の座右の銘です。報恩感謝の精神を忘れず、これからも邁進してまいります。

石山寺第52世 鷲尾遍隆座主。ありがとうございました。これからも、微力ながら次期座主の龍華さんを支えていきます。本当にありがとうございました。

 

 

 

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